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宗教とは

  • kakiholoholo
  • 2024年8月6日
  • 読了時間: 4分



宗教とは、大脳のはたらきからの自立。



現代のほとんどの宗教は、大脳のはたらきから出ていない。



大脳のはたらきに囚われている。



その証拠が、金銭がらみ。



欲まみれ。



称賛。



ノルマ。



役に立つ・立たない。



使える・使えない。



偉そう。



上から目線。



特別意識。



いつか、その内。



がんばれ。



気にするな。



死んでから。



ご褒美があるよ。



ご利益があるよ。



上を目指す。



段階。



隔たり。



違い。



優劣判断。



忖度。



媚びへつらい。



もう、その時点で、大脳のシガラミの中。



全く、本当の宗教ではない。



欲にまみれている。



だから、大脳のはたらきに囚われている。



純粋な宗教は、無条件。



隔たりが無い。



誰もが等しい。



どんなことがあっても清らかなまま。



全面受容。



広大無辺。



不変。



涸れない。



永遠。



例外の無い当て嵌まり。



自由。



イキイキのびのび。



力強い。



自立。



「今・ここ」での、生き直し。



誰もが、等しく、素晴らしい。



深い所での相互理解。



愛法則の調和。



無償。



無言。



沈黙。



言葉ではない。



言葉で表現できない。



つながりながら流れている法則の当て嵌まり。



たんたん。



無我。



静か。



同じ。



時間を超えている。



時代を超えている。



生老病死を超えて、大丈夫。



不変のあり方。



壊れていない。



病んでいない。



重たくない。



明るい。



束縛が無い。



忖度が無い。



頑張らなくても大丈夫。



見栄も称賛も無い。



日常生活を離れない。



凡夫。



競争しない。



大脳も安心。



大脳も受け止められている。



否定が無い。



ダメ出しが無い。



分け隔てが無い。



大脳の生き詰まりも、受け止めている。



大脳が「死にたい」「楽になりたい」「もうダメ」といっても、それをも受け止めて、ぎゅっと抱きしめる癒し。



ダメな人はいない。



劣っていない。



差別のない世界。



争いの無い世界。



みんなが等しく安らか。



導くも、導かれるも無い。



共に、「白道四五寸」を歩む。



見えないけれどあるんだよ。



みんな違ってみんな良い。



何時でも、何処でも、誰もが、無条件で、等しく気付ける世界。



本来、誰もが、等しく持っていた当て嵌まり。



偉いものでもなく、すごいものでもない、当たり前。



特別なことをしなくても、普通の生活の中で、満ち足りている。



地獄に落ちても、人も、天も、菩薩、仏も、同じ本質。



何処へも行かないで、〇。



みんな同じ乗り物。



一つ。



自分に対していない。



そのもの。



それ自体。



対していない絶対。



うなずき。



概念が無い。



真なる現実。



それが、妙。



それが、如。



それが、アミターバ・アミターユス。



ありて、あるもの。



ヤハウエ。



言葉は違っても、全て同じ。



世界はそれによって成り立っている。



隔たりの無い現実。



地球上、全ての人への当て嵌まり。



宇宙全体の当て嵌まり。



例外の無い一つ。



現代宗教は、その気付きが無い。



だから、「自分たちは特別」「自分の神は特別」。



他との区別。



同じでない。



ワンネスに反している。



救いに条件付け。



ジハードすれば、救われる。



献金すれば、救われる。



全く無条件でない。



その時点で、純粋な宗教ではない。



大脳に依って、宗教指導者の都合の良いように考えられた宗教。



考えられた宗教は、本来の宗教ではない。



大脳に囚われた解釈宗教。



それが、今、世界の人々を苦しめている。



世界全体が、純粋な宗教でない教えで、苦しめられている。



でも、一人一人が、純粋な宗教に気付くことで解き放たれる。



純粋な宗教は、例外の無い真実の法則の当て嵌まりだから。



純粋な宗教は、もともと、誰にでも等しく具わっている広く深い心の気付きだから。



純粋な宗教は、もともと、優劣に関係無く持っていた不変さの気付きだから。



純粋な宗教は、「本来、清らかなんだ」の気付きだから。



純粋な宗教は、「本来、隔たりは無いんだ」の気付きだから。



純粋な宗教は、「本来、一つなんだ」の気付きだから。



誰もが、自分で気付くハズ。



今、誰もが、そこに帰ることが求められている。



私達が、この世に生まれて来た意味は、大脳はたらきから解き放たれるため。



私達が、この世に生まれて来た意味は、大脳のはたらきから解き放たれて、自立した一歩を踏み出すため。



その時初めて、生きていて良かった思える自由。



あの時、死ななくて、良かった実感。



教団から離れて、良かった自立。



大脳のはたらきから出て、自立した生きる依り所が、本当の宗教。



現代の宗教のほとんどは、大脳のはたらきに囚われている。



無条件の当て嵌まりの気付きが無い。

 
 
 

コメント


「かもちこちゃん」との初めての出会い。まだ、生後、3か月ほど。

​明源寺たぬき

「かもちこちゃん」。
この時、1歳3か月」

​「かもちこちゃんとお母さん。

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